アートフェア東京のエグゼクティア・プロデューサーであり、
現在は名古屋芸術大学の学長である來住尚彦さん。
來住尚彦さんは過去にTBSでAudioエンジニアとして勤務をしていたこともあるようです。
今回は來住尚彦さんの経歴や学歴について調査していきたいと思います。
來住尚彦の経歴wiki
名前:來住尚彦(きし なおひこ)
年齢:63歳
生年月日:1960年8月8日
出身地:非公開
最終学歴:早稲田大学理工学部
職業:名古屋芸術大学教授
座右の名:「僕には失敗はない。それは失敗ではなく経験だ」
來住尚彦さんは2024年現在63歳で4月からは名古屋芸術大学の学長を務めています。
來住尚彦さんの詳しい経歴は以下の通りとなります。
1985年:早稲田大学理工学部卒業
1985年:東京放送(現TBSホールディングス)にAudioエンジニアとして入社
1986年:東京放送のラジオの音楽番組の制作に移動
1996年:赤坂BLITZの立ち上げ支配人に就任
2008年:赤坂Sacasの立ち上げ推進部長
2015年:TBSホールデングスを退社
2015年:一般社団法人アート東京を設立
アードフェア東京エグゼクティブプロデューサに就任
2019年:京都二条城でartKYOTOを開催
2020年:京都国立博物館でartKYOTOを開催
2021年:名古屋芸術大学学術学部特別客員教授に就任
2024年:名古屋芸術大学学長に就任
來住尚彦さんは早稲田大学理工学部を卒業後にTBSに入社しています。
來住尚彦さんは学生時代にバンドマンで、デビューを狙っていたようですが、夢は叶わなかったです
そのぐらい音楽に対する気持ちが強かったこともあり、
TBSにエンジニアとして入社するものの音楽番組の制作を希望を出し、移動をしたようです。
音楽番組の制作を出した時のことを以下のように話しています。
「誰も見ていなくても、聴いていなくても、一生懸命やっていたら注目された。
來住って面白いやつだなって周りの見る目が変わっていくのを感じました」。
來住尚彦さんのセンスは良かったこともあり、評判が上々で移動をすることができたようです。
音楽番組の移動をした後には年間300本ほどのライブに通っていたこともあり、
ライブハウス赤坂BLITZの支配人となったそうです。
音楽だけでなく、アートにも精通していた來住尚彦さんはアート東京に声をかけられ、
エグゼティブプロデューサーに就任しています。
來住尚彦さんはその後、京都で2回国内最大のアートの見本市を開催するなどをして
2024年4月からは名古屋芸術大学の学長となるようです。
來住尚彦の最終学歴は早稲田大学理工学部
來住尚彦さんの最終学歴は【早稲田大学理工学部】です。
早稲田大学理工学部
偏差値:65〜67.5
來住尚彦さんが通っていた早稲田大学は新宿にある私立大学です。
早稲田大学は慶應義塾大学とともに私学の雄と呼ばれており、私立大学の最高峰となる大学です。
來住尚彦さんは早稲田大学で理工学部を専攻して、勉学に励んでいたようです。
学生時代にはバンドに入っており、本気でデビューを狙っており、オーディションを受けたりもしていましたが、
残念ながら夢を叶うことはできなかったようです。
來住尚彦さんはなんの楽器を担当していたんでしょうか。
顔から推測するとギターとか似合いそうですよね。
就活中にパイロットに憧れており、CAの試験や大手証券会社を受けていたこともありますが、
家族から
「証券会社は地味だから、マスコミにすればいい」
と助言をもらい、TBSにエンジニアとして入社したようです。
來住尚彦の家族は?
來住尚彦さんの家族について調査した結果、以下のことがわかっています。
独身
來住尚彦さんは結婚はしておらず独身のようです。
まとめ
今回は來住尚彦さんの経歴や学歴について調査していきました。
・來住尚彦さんの最終学歴は早稲田大学理工学部
・学生時代バンドでデビューを考えていた
・エンジニアとしてTBSに入社
・音楽が好きで音楽番組に移動希望
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